最近、不動産に興味を持ったのがきっかけで、新庄耕という小説家を知りました。
新庄耕さんはデビュー作のタイトルが狭小邸宅だったのですが、不動産関係の仕事をしていたわけではありません。
ただ、評判通り面白かった。
新庄耕さんの文体は読みやすいのが特徴かなぁと思います。展開も凝った伏線とかを張るわけではなく、リアリティのあるストーリーそのものが面白いです。”不動産関係のブラック企業の営業マンの話”という題材自体がもう既に面白いんですよね。
これは、続く作品にも言えます。ニューカルマというのは、マルチ商法をテーマにした物語なのですが、もうテーマ自体が良い感じにグレーで面白そうなんですよね。ほかにも、不動産詐欺を扱った”地面師たち”という作品も、テーマ自体がもう面白い。
新庄耕さんは、卓越したストーリー展開を描くというよりかは、リアリティを追及している作風に思います。ただ、金脈ともいえるような面白いテーマを選ぶのが上手すぎて、リアルに描くほど面白くなるのだと思います。
あと、新庄耕さんの描写の特徴は登場人物の名前に拘らないことのような気もします。フルネームは出てこないし、苗字すら出てこず、カタカナであだ名のみという人物もいます。ちなみに、狭小邸宅における、あだ名で登場する人物は、パニックというふざけたようで、如何にもブラック企業ではありそうな呼び名でリアルです。
とまぁ、狭小邸宅を読んだので、少し紹介したいのですが、私の切り口は、不動産業界に興味がある人が読むべき本かどうかという点から紹介したいと思います。
あと最後に感想を書いていこうかと思います。
勉強になるか
この手の特定の業界をテーマにした小説だと、小説で楽しみつつ知識を得たいと思いますよね。
で、狭小邸宅がその要望を満たすかどうかですが、
専門用語が出てこず、知識を得るということはないですが、仕事のコツ的なものは出てきます。
というのも、この狭小邸宅の主人公は、不動産の営業マンとしては業績は良いわけではなく、才能や素質があるように描かれていません。しかし、超一流の上司の指導を受けていくことをきっかけに、トップ営業に上り詰めます。
その教えは、たったの3つしかないのです。
箇条書きで紹介しますが、なぜかは是非本編を読んでみてください。
- 裏道を覚えよ
- 物件について詳しくなれ
- 物件のカギは一瞬で識別しろ
皆様は、なぜこれらが大事だと思いますか?
本編では超一流の上司が理由を説明してくれるので説得力は感じられますよ。
他にも、本命の物件を案内するときに好印象を最大化する手法、というようなものも出てきます。
賃貸の知識は出てこない
ちなみに、狭小邸宅では売買に焦点が当てられているので、賃貸の話は一切出てきません。従って、賃貸の仕事に興味がある人には向いてません。
専門的な用語はほとんど出てこない
不動産にまつわる法律的な制限、北側斜線制限とか、建蔽率、用途地域などといった用語は出てきません。そのため、こういった不動産の基礎中の基礎みたいなことを小説で学ぼうとするには向いてないです。でも、キーワードのようにペンシルハウスという言葉が出てくるのですが、自分は地方に住んでいるので、ペンシルハウスという言葉は聞き慣れなかったのですが、良い意味ではないので、間違っても人に使わないようにしないといけませんね。
不動産業界の過酷難易度が高い実態は知れる
おそらく、小説に出てくるほどブラックな企業は現実にはないと思います。そのため、この小説を読んで耐えれそうだと思うのであれば、大体の不動産会社に対応できるのではないでしょうか。
例えば、何もできない新人は、段ボールで作った間取りや価格が書かれたプラカードを首にかけて、通りに出て声を出して客引きをやらされる、電話をかけ続けるために受話器と手をガムテープでぐるぐる巻きにして固定させる、などといった、漆黒の企業ぶりがでてきます。
まったくの架空ではないそうですが、極一部の会社の光景に過ぎないはずです。ぬるい会社で働きたい、という考えを持っていない人でも躊躇しそうです。
不動産業界で働きたい人や働いている人にはウケそう
不動産業界で働いている方にはめちゃくちゃウケが良いような気がします。
とういのが、所々に、読み手を熱くさせるシーンが入ってくるのです。
例えば、主人公が働く不動産会社の社長が、全営業社員の前で、
「いいか、不動産の営業はな、臨場感が全てだ。一世一代の買い物が素面で買えるかっ、臨場感を演出できない奴は絶対に売れない。客の気分を盛り上げてぶっ殺せっ。いいな、臨場感だ、テンションだっ、臨場感を演出しろっ」
と声を上げる場面があるのですが、当事者であれば震え上がりそうですが、読んでる側からしたらやる気スイッチが入ってしまいそうになります。ちなみに、ぶっ殺す、というのは契約を成立させることの隠語です。
このシーンでは、他にも、お前ら営業は売るだけで自己表現できるんだ、売れば認められんだ、こんな狂った世の中で最高に幸せな仕事じゃねぇか、みたいなことをぶちかまします。
何と言いますか、私の職場は非常に穏やかなものでして、トップの人間が「こんな狂った世の中(原作は少し表現違うかも)」と口にするのが想像できません。
トップがこのような物言いであるのは、良い面も悪い面もありそうです。私の感覚ですが、狂った世の中と平気で言い切るようなトップ相手に真面目に仕事することは一切評価されない気がします。やり方は、グレーでも成果さえあげれば良いんだ的な行動が評価されそうです。
でも、妙に惹きつけるものがあるような気がします。道徳的には宜しくないことをしても、無駄に説教する上司よりも、やったことは宜しくないにしても、世の中も狂ってんだと言ってくれる上司の方が信頼してしまいそうです。ちょっと文脈的に社長の意図とはズレてますが。
家を売りたい人は読もう!
色々書きましたが、結局は家を売ることに興味があるならば読んだ方が良いと思います。
やはり小説なので知識面で有用ということではなく、家を売ることの面白さを感じることができるという部分の有用性は大きいと思います。家を買うんだという、お客様の熱を如何に高めるか、ということに面白さを感じるかもしれません。
家を売るという仕事を漠然と考えている人も、これを読めば、どんな風に売るかを考えるのが楽しくなるのではないでしょうか。
狭小邸宅に関しては、ストーリーも面白いのですが、登場人物のセリフがずしんと思いものが多いです。重すぎて心に残るので貴重な一冊です。